現地隊員レポート             「りる」第78号より 

                                                    アルゼンチン   高松 明子
                                                             平成30年度(2018)1次隊
                                         幼児教育
  

『アルゼンチンでの活動について』

 私は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで2018年7月から、日亜学院の幼稚部で活動しています。高松市立幼稚園に籍を置きながら、現職参加という形での参加です。

JICAボランティアに応募したのは、これまで高松市の幼稚園で学んだことを別の形で還元したいと思ったこと、また全く異なる環境に身を置いて自分を試してみたいという気持ちがきっかけでした。アルゼンチンでたくさんのことを学び、人として成長し、来年帰国した際、高松市の子どもたちへ、保育を通して返していけたらいいなと思っています。

 現在、日亜学院には、2歳から5歳までの8クラス約170名の子どもたちが在籍しています。土曜クラスもあり、週に一度、日亜学院で保育を受けている子どももいます。私は、毎日各クラスを巡回しながら、担任の先生と一緒に日本語で保育をしたり、子どもと一緒に遊んだりしながら活動しています。

園児のほとんどは、非日系人です。アルゼンチンと日本の教育や躾の良いところを取り入れた、日亜学院の教育方針に共感した保護者が子供を通わせています。午前中はスペイン語で、午後は日本語で保育をしています。
廃材を使った遊びを保育に取り入れました。子どもと一緒に、段ボールでピザ作り。ピザはアルゼンチンの国民食なので、子どもたちも何の具材をのせるか、とてもこだわっていました。

 こちらに初めて来た2018年7月は、香川県人がアルゼンチンへ移り住んで100周年の記念すべき年でした。浜田知事をはじめ香川県国際課の方々も、アルゼンチンへいらっしゃり、100周年式典が執り行われました。私も式典に参加し、一世、二世の皆さんとお話しすることができ、貴重な経験をさせていただきました。香川県人会の会長である真木さんは日亜学院の理事でもあり、いつも大変お世話になっています。

このような偶然が重なり、香川県出身の私が日亜学院で活動できることに、大きな縁を感じました。ちなみに、この日の式典をきっかけに、香川県で研修を受けたアルゼンチン人のエリカさんからスペイン語を習っています。

 初めて日亜学院に来た時、子どもたちや先生の様子を見て「日本の幼稚園みたい1」と、とても驚きました。先生方はYouTubeなどで最新の保育の歌や踊りをよく知っていて、子どもと楽しんでいました。そして、子どもたちは日本の幼稚園のように当番活動もしていました。

保育を通して繰り返し歌ったり、絵本の読み聞かせをしたり、先生と日本語を使って話すことで、幼児でもこんなに外国語を使えるようになるのだなあと感じました。日本とアルゼンチンの幼児教育の違いなどもあり、日々どのように先生方へ指導、助言をすれば良いか悩むことも多いですが、子どもが楽しく日本語、日本文化に触れることができるよう、先生方と一緒に保育を進めていきたいと思っています。


月に1回、日本語クラスの担任を対象に、勉強会をしています。季節の歌、遊び、保育の専門的な技術などを伝えています。

 さて、私は旅行が趣味なのですが、中でも印象に残っているイースター島のお話しを最後にしたいと思います。今回、人生で初めて「日本人宿」を利用してみたのですが、宿のオーナーに、「私は、香川県出身で、地震で倒れたイースター島のモアイを起こしたタダノも香川の会社。タダノのお孫さんと高校が同級生だった」と話すと、タダノのクレーンは2台あること、初代のクレーンは塩害で使えなくなり、ある場所に置いてあること、2代目は現在も稼働中であることを教えてくれました。

初代クレーン車。もちろん観光客は一人も居ない所にありました。

そして「せっかく来たのだったら、クレーンの写真を撮って、送ってあげて1」と強く言われたため、島内を観光しながら、「タダノのクレーン探し」をしました。青い塗装の2代目はすぐに見つかりました。初代はなかなか見つからなかったのですが、島の廃棄物置場の片隅にありました。すっかり錆びていましたが、よく見ると「TADANO」の文字が。これを見つけた時は、感動しました。

2代目クレーン車。現在もばりばり活躍中!

また、島の人と話す中で「うちの父ちゃんは、タダノを運転していた」という話も聞きました。タダノ以外のクレーン車のことは「クレーン車」と呼んでいましたが、タダノのクレーン車のことは、みんな「タダノ」と呼んでいたことも、なんだかうれしく、誇らしく感じました。日本から遠く離れた南米に居るのですが、「香川」の存在を近くに感じながら、日々楽しく活動しています。

すべてタダノのクレーンが起こしたモアイです

 残り1年の活動が、公私ともに充実したものになるよう、また健康面に十分配慮しながら頑張りたいと思います。(事務局注"本レポートは2019年8月にお送りいただいたものです。)