帰国隊員報告         「りる」第16号より

     ガーナ           S.K.

                     平成7年1次隊

                     理数科教師

 

 私は平成7年7月から2年2ヵ月の間、理数科教師隊員としてアフリカのガーナで活動していました。ここではまずガーナという国について簡単に紹介して、それから私の協力隊活動についてお話ししたいと思います。

ガーナの概況

 皆さんの大部分はガーナと聞けばまずチョコレートを思い浮かべるでしょうし、私自身も赴任前はその程度の知識しかありませんでした。実際、ガーナの代表的な輸出品といえばこのチョコレートの原料であるカカオと、その他には金ぐらいでしょうか。イギリスの植民地時代にはゴールドコーストと呼ばれていた地域が現在のガーナ共和国です。野口英世が黄熱病の研究半ばで一生を終えた地として記憶している方もいることでしょう。

 日本の本州と同じくらいの面積のところに1700万人の人々、50以上の異なる文化・習慣を持った民族が暮らしており、それぞれ違った言葉を話しています。そのため公用語としての英語が必要なわけですが、ガーナ人は英語以外にも一人で数多くの現地語も使い分ける器用な人たちです。

 ガーナは他のアフリカ諸国に先駆けて独立し、今年1997年で独立40周年を迎えました。独立以来数回のクーデターを経験しましたが、ここ15年余りの間は政治的に非常に安定しており、治安も信じられないほど良い国です。これはガーナ人の陽気で親切な人柄によるところが大きいと思います。


私の協力隊活動

 私は首都から150q離れた人口2000人の小さな町にあるボソ・セカンダリー・テクニカル・スクールという高校で理数科の教師として2年間活動しました。

 協力隊員は現地の人々の中で全く同じように生活します。私の場合、学校の男子寮の隣で同僚のガーナ人教師と同居し、ガーナの服を着て、毎日ガーナ食を食べ、ガーナの酒を飲んで暮らしていました。

 ガーナでは理数科教員が慢性的に不足しており、中学校で理科や数学をほとんど習っていないという子供もいます。そこで日本の協力隊員だけでなく、アメリカ、イギリスその他の欧米諸国から数多くのボランティアがガーナ各地の学校に派遣されているわけです。しかし、同じ教室の中に非常にできる生徒から基礎知識がほとんどない生徒まで入り混じっているのは、本当に教えるのが難しい。

そこで私は、理科では簡単な実験を多く取り入れて生徒の興味を引き、数学では問題を自力で解くことの楽しさを教えることを基本に授業を進めていきました。その結果、私が最後に受け持った3年生は卒業資格試験で非常に優秀な成績を残し、学校関係者はとても喜んでおり、私白身も満足しています。

 学校に配属された隊員は長期休暇があってうらやましがられることもありますが、その間も決して遊んでいるわけではありません。日本でいう冬休みはクリスマス休暇、春休みはイースター休暇、夏休みだけは不思議に名前がありません。理数科教師隊員仲間が協力して理科・数学の問題集を作成して各学校及び生徒達に配布したり、地域の生徒を集めて課外授業を行ったりしています。また、教育活動以外にも、ガーナに星の数ほどある草サッカーチームとの親善試合や、ナショナルチームと野球の試合なども楽しんでいます。

 さらに、地域の文化向上に貢献することを目的として、学校に図書室を新設しました。ガーナではこのような施設をつくるには地元の人達が少しづつ基金を集めて作るため10年も20年もかかります。半年間で驚くほど立派な図書室ができ上がりました。このハートプロジェクトは、香川県青年海外協力隊を育てる会の協力で、香川県内の皆様の支援を受けて実現することができたのです。

  図書館の側面に「LIBRARY BLOCK」の文字が見える

  出入り口脇に常駐している司書 入り口にはプロジェクトの総責任者を務めた学校長の姿も見える

  工学・科学系を中心に本棚に並べられた蔵書


活動を終えて

 国の発展に欠かすことのできないもの、それは人づくり、すなわち教育です。ガーナの人たちも日本などのいわゆる先進国の発展の基礎は教育であることを認識しており、教育に関しては常に議論されています。しかし、特に基礎教育分野には依然として数多くの課題があり、ドナー国の協力に大きな期待が寄せられています。現在は主に高校で子供たちに教えている協力隊員も、教員養成校で教えたり、現職教員の再トレーニングに協力したりする方向に向かっています。

 2年という短い間ながら、この非常に意味のある協力隊活動に従事できたことは私にとって貴重な経験ですが、ガーナでの日常生活の中からも本当にいろいろなことを学びました。

 それまで日本という国の中での限られた価値観の中で生きてきた私にとって、ガーナの人々の細かいことは気にしないというか何というか、とにかくスケールの大きい型破りで大雑把でかつおおらかさをもっている生き方、価値観は驚きでした。アジアの島国日本とアフリカ大陸のガーナ、そこに住む人々の気質がどこか共通点を持ちながらも異なっているのは当然で、どちらがどうだとか言えるものではありません。

しかし、これを実際に体験し、違いを実感することにより、本当に自分白身の視野が広がったと感じています。日本人としてのモノの見方を超えて、世界人、地球人としての自分を認識するようになったとでも言えましょうか。

 活動を通じて英語はかなり上達しましたし、世界中どこでも暮らしていける自信も持ちました。それに何よりも、ガーナ人の友人は言うまでもなく、世界各地からのボランティアたちとも知り合うことができました。私にとって本当に有意義な2年間でしたが、今後はこの私の経験をどのように社会に還元していくかが大事だと考えています。

 最後になりましたが、私の活動を支えて下さった協力隊関係者ならびに香川県青年海外協力隊を育てる会の皆様に感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。