ジョルダンの結婚式     「りる」第16号より

     ジョルダン         I.K.

                     平成8年2次隊

                     養護

 

 ジョルダンの夏は結婚のシーズンです。

 夏になると、花で飾られ連ねた車が盛んにクラクションを鳴らして式場へ向かうのをよく見かけるようになります。

 それというのもこの国一帯に昔から住むベドウィンの結婚披露宴は元来外の広場や空地でテントを張って行うのが慣例で、雨が降らない夏が野外で式を挙げるのに適しているからです。こっちでは5月〜10月頃までが雨の降らない夏と思ってください。ジョルダンの夏の日中の日差しは目を開けられないほど強いのですが、空気が乾燥しているのか日本でいう熱帯夜にはほとんどならず、そういった日暮れから結婚式がはじまります。

  ベドウィン流結婚式で一緒に踊る私


今の日本では考えにくいのですが、小学校から男女別々の校舎へ通うという男女間の交流について厳格なこの国は、結婚式といえど例外ではなく、互いのテントの真ん中に仕切のための幕を張り、男性集団女性集団が分かれて新郎新婦を祝うという形をとります。そして式は二、三日続き、その後披露宴を行うという長丁場ですが、近年、首都アンマンではホテルで披露宴を行うケースも多くなってきています。

どちらにしても莫大な費用がかかるらしく(主に新郎側が負担し、結婚費用は全部で80000JDかかるといわれています。こちらの平均給料は月150JDです。)お金がないカら結婚できないという人が多くいて、他国の女性と他国で挙式することを夢みている若者がたくさんいます。

 勿論(もちろん)貧富の差はその服装や家など目について分かる国なのでそれぞれの予算に合わせたいろんな形の結婚式があるようですが、一般的に費用がかかるということです。よくタクシーの運転手からも日本の結婚費用について尋ねられます。

 因(ちな)みに結婚相手は自由な恋愛についてまだ寛容でないため、ほとんどが親の薦めるお見合いで知り合った人で、しかも近親者であることが多いです。夜歩きもできるほど安全な国なのですが、毎年婚前交渉をもった若者が女性側の親や兄弟に射殺される事件も起きているそうです。

 今回は運良く参加できた三つの結婚披露宴と一つの婚約披露宴を紹介します。

 ひとつは大家さんの息子さんの結婚披露宴。

 大家さん宅はクリスチャンなので男女同席、お酒も出ていました。

 会場は家の近くのクリスチャン会館で約300人集いました。これくらいの数が普通だそうで、ほとんどが親戚です。あ、近所のお菓子屋さんも雑貨屋さんも食料品屋さんも来ている、と思ったら実は親戚だったというようにご近所ははほとんど親類が住んでいるのがこの国の田舎の方の特徴でもあります。

 夜8時開場で、徐々に人が増え、9時20分頃アラビーバンドの生演奏にのって新郎新婦入場。それから一斉に一時間踊りっぱなし。10分休憩の後また一時間踊りっぱなし。そのほとんどの人が。そして時々新郎新婦は椅子ごと高く担ぎ上げられ踊っていました。また少し休憩があってそれから朝の3時まで踊りっぱなし。

 テーブルには特別目新しくはない軽いアラビア料理が置いてあり、12時を過ぎてからやっとメインディッシュのチキンがでてきました。

 しかし幼児から青年、中年、老年に至るまで皆おなじ唄をよく知っているもので、本当によく踊りよく歌います。

 次は近所の散髪屋さんの婚約披露宴。
(実は結婚式だと思っていたのですが、後で婚約式だよと聞かされました。つまりそれだけ盛大だったわけで・・・)

 会場は経費をおさえたムスリム会館。この国の90%はムスリム(イスラム教徒)です。

 こちらも300人程集まっていました。しかし女性は髪の毛も含め顔と手以外の肌を結婚相手以外にはみせぬもの、また食事も男女同席はできぬもの、ましてや踊っている姿など旦那以外の男性に見られようものなら・・・との風習の残る(人によりますが)イスラムの世界。たとえ披露宴といえど男女同席はあからさまにはできません。一つの会場にまず新郎新婦と女性団が入り、後に交代して男性団が入るという形をとっていました。最後のほうはごちゃまぜになっていましたが。

 女性団を待っている間にコーラとケーキが出てきました。ムスリム会館では食事はでません。

 会場はふたりを祝う者なら例え通りすがりでも来る者拒まずという雰囲気があり簡単に潜(もぐ)り込めます。

 新郎新婦は一段高いところにいて、そこに皆ひとりずつ列を作って訪れ、祝福の言葉を述べたり、写真をとったりします。ただそれだけでなんの演出もありません。そして最後にはやっぱり踊りです。クリスチャンもムスリムも同じ曲が流れます。

 こちらのほうは5時頃からはじまり8時には終了していました。

 もうひとつは首都アンマンで行われた同僚のムスリムの演出のある披露宴。

 流石(さすが)首都アンマン、珍しく恋愛結婚。アンマンの結婚式場で行われました。

 サンバのような鼓笛隊とラッパに囲まれて新郎新婦が登場。これが一回目。すぐに引っ込み二回目は静かな曲にのって登場。お色直しはしませんがそのまま曲にのって観衆の見守るなか、どこからか噴き出したスモークに怪しくふたりっきりでチークを踊り、香瓶で互いの回りを巡ってから観衆も交えて踊ります。客席からも踊りたい人がここぞとばかりに飛び出てきます。曲は前述の二つの披露宴と同じでした。

 途中で9段重ねの高いケーキカットをはさみ、また踊りになりました。3時間弱の披露宴でした。

  ベドウィン結婚式場


 最後にベドウィン式の結婚式。

 クラクションをけたたましく鳴らす車の列で新婦を向かえに行き、新郎宅に到着したのが午後4時。まず、銃声で歓迎し、新婦は女性ばかりに囲まれて新郎の家のなかで御披露目(おひろめ)。一方、新郎は男性陣に担(かつ)ぎ出されて新郎宅の向かいに数日前から建てられたテント(羊や山羊の毛でできたテント)で御披露目。

 男女が全く別々に披露宴を行うので男性は新婦を見ることができません。これはベドウィンに昔から続いている伝統で、その理由を尋ねたら「男性が新婦と見えると新郎が嫉妬する」とのことでした。

 新郎は次々と訪れる人にひとりひとり忙しく挨拶を交(かわ)していました。

 また、一日5回の礼拝を欠かさないムスリムは結婚式の途中でも時間になると一斉にお祈りを始めます。日没後、夜半の二回のお祈りを挟(はさ)んだ後、羊6頭分のマンサフという料理が出、一皿5人程度に分かれ、皆手で食します。来訪者は200人を越えるため、相当量のマンサフが必要で家の台所では間に合わないのか、それを作るテントが少し離れた位置に建てられていました。作るのは男性の仕事。

 それから踊りです。男性同士肩をぴったりくっっけて横一列に並び、掛け声に合わせて手を叩いたり、体を揺らしたりする極(ごく)簡単な踊りなのですが、それは何だか御輿(みこし)を担ぐ時の雰囲気にも似ています。途中で祝いの銃声が鳴ったりしますが、幸い辺りは家もなく広々とした土漠なので怪我人はでなかったようです。(たまに銃弾に当たる人がいるらしい)

 やがて夜も更け、新郎は再び男性陣に担がれ家の中へと帰って行き、式が終了します。

 これらの披露宴に参加して、普段からそうなのですが、みんなよく踊るなあと感心しました。儀礼的な畏(おそ)まった場面は少なく、踊って祝うことが一番大切といった感じで、来ている人にはお祭りに参加するような意気込みがありました。ここには秋祭りも夏祭りもリオのようなカーニバルもありませんが、みんな普段からよく踊ります。しかし披露宴の中心は新郎新婦で新郎新婦の家族は会場内の準備や世話に翻弄(ほんろう)していました。