現地隊員レポート         「りる」第39号より

                                                         ケニア Y.K.
                                                             平成16年度2次隊
                                    
コンピューター技術                                                               

 『1年を目前にした今、思うこと・・・』

ジャンボー!こちらケニアではもうすぐ17年度2次隊が派遣される予定です。ということは16年度2次隊である自分は、ケニアヘと来てから1年が経過すると言う事なのですね。月日が経つのは早いもので、赴任先に自分の活動に対する影響が現れているのか?と考えますと、正直あまり感ずる事は出来ないように思います。
  ナイロビ市内

「真面目に活動していないのでは?」と思われがちですが、いえいえそんな事ございません。学校教員よろしく毎朝決まった時間に赴任先へ行き、数少ない生徒(といっても遥かに年上の政府職員)へ数時間に及ぶ授業をこなしています。

「ダブルクリックはマウスのボタンを素早く2回押す事ですよ」、「保存する時は、ファイルメニューをクリックしてから、保存を選択してください」といったこれまでに類を見ない授業内容を拙(つたない)い英語で進めているのですから、自分がコンピューター隊員だということを忘れてしまいそうな時が稀(まれ)にあります。

 しかし乍(なが)ら、彼ら(生徒達)は良く頑張っています。説明に不備があるため理論が把握出来ないまま、否応(いやおう)なく進められる授業を愚痴(ぐち)も言わずに学んでいるのですから。逆に笑顔を持って問いかけてくる質問に困惑するのは寧(むし)ろ自分の方なのです。「何でこんなに簡単な事が分からないんだっ!?」と口を酸っぱくして遠慮なく言い放っているのは誰でもない私なのですから。

しかしそれは昔の自分に寄せ木細工のようにピッタリと嵌(は)まる事なのでした。コンピューターのコの字も分からないまま入社したIT業界で、厳しい先輩にドラッグ&ドロップを教わった事が思い出されます。そんな経歴を持ち、ましてや年端の離れたこんな若造に何度も何度も同じ事を聞かなくてはならない彼らの気持ちを汲(く)むと、彼らの以後の行動に納得させられます。

 次第に彼らは授業へと来なくなりました・・・。勿論彼らにも正式な仕事が有る訳で、授業に費やす時間を取る事が出来なくなった事も原因の一端と言えるでしょう。しかしそんな事は私に言わせれば自分を保守する言い訳に過ぎません。

彼らの来なくなった一番の要因は私の授業内容にあったと思います。淡々と進められる、空を掴(つか)むようなコンピューター理論の授業が彼らにとって楽しい時間であったとは到底思えないからです。コンピューターを学ぶ上で重要な事は、その一見目に見ることが出来ない内部の流れ、つまりコンピューター処理から成り立っていると思われがちですが、それは学ぶ側や環境、必要なスキルによって様々な形を変えていく事は言うまでもありません。私にはそれが解っていなかったのです。

とにかく自分と同じ技術レベルを持った人材を育てていこうという意識しか持ち合わせていなかったのです。それは、自分の帰国後に赴任先を支える大きな礎(いしずえ)となる人物の育成と言えば聞こえは良いのですが、つまり彼らの望む授業とは大きくかけ離れたものだったのでしょう。どのような技術をどのような仕事に活かすべきなのかを、生徒達の側に立って考える事の重要さが欠損していたのではないかと思わずにはいられません。

 数少ない生徒から更に少人数の生徒になった彼らを無事に教え終え、暫(しばら)くの間はこれから行っていく授業方針について考えあぐねました。まず、彼ら自身が楽しいと思える授業。そして彼らの中にあるモチベーションを維持する事が出来る授業にしようと、職場の近くにある『サイバーカフェ(インターネットカフェ)』で、教育先進国である様々な国の教育関連のページを閲覧しました。

しかしどの国も一長一短であり、参考になるものは多くはありませんでした。調べるのにも疲れ果て、好きな家具の事でも調べようと思い、北欧のページを見ていた時に、偶々(たまたま)デンマークの教育機関である『フォルケホイスコーレ』の事を発見しました。

『フォルケホイスコーレ』とは国民高等学校、民主学校の意で、自主性や個人の個性を重視している学校です。詳細はこの場では省略致しますが、この授業方針をヒントに赴任先での新しい教育活動が見えてくるのではと思えたのです。生徒が自ら学びたい事を選ぶ自由性のある授業や、健常者だけではなく、身体障害者も授業に受け入れて、共に学ぶ場を作る事によってお互いに協力しモチベーションも維持出来る。

 ケニアには身体障害者の人達が目に見えて多いので、彼らの就労にも一役買えるという、誇大妄想も相成って、早々に『ナイロビホイスコーレ』と勝手に名付けたこのプロジェクトを立ち上げ、上司に相談したのですが、如何(いかん)せんデンマークとはあまりに環境が違いすぎるのです。この案について上司は面白いとは言ってくれましたが、様々な事が現実的ではないとも言いました。

今現在は、自由性を重んじる授業方針、正確にはコンピューターの操作方法を学びたいのか、オフィス関連のアプリケーションが学びたいのか、私の本業であるネットワークが学びたいのか等を選択させる授業方針と生徒達がお互いに協力する場を、このケニアでどうにか提供する事が出来ないかと試行錯誤して、少しずつ基盤を作り上げている段階です。

まだ授業が始まったばかりなので、目に見える結果が窺(うかが)い知れませんし、生徒が未だに少な過ぎるので正確な判断に困りますが、何事もジャリブ(スワヒリ語で『挑戦』の意)しようと奮闘しています。

  ナイロビ近郊の滝

 先日は『うどん』作りにジャリブしましたが、凹(へこ)む程の大失敗で、周りからは讃岐人かどうかを疑われております。一応「小麦粉が悪い」と言い訳を言い放っておきましたが、私の讃岐の夢2005inケニアは無残な結果を招いてしまいました。