新任地 サリリ村       「りる」第3号より

     パプアニューギニア       K.N.

                     平成3年2次隊

                     野菜

 

 今年の四月初めに新しい任地のサリリ村に赴任して、一ヵ月が過ぎた。サリリ村は、電気も水道もガスも何もない村である。それらの文明の利器があることが「当たり前の事」として血肉の中に溶けこんでいる日本人の僕としては、自ら希望した任地変更でありながらも、当初かすかなおびえがあった。

協力活動どころではない。日々の生活に苦しみ、習慣の違いにとまどい、疲れ果ててしまうのではないか。そのおびえは、今はない。あるのは充実感である。本当にここへ来て良かったと想うのである。

 第一に村人達は非常に親切である。自分の畑でとれたイモやカボチャ、果物、そして弓矢で射止めた野豚の肉等々を惜しげもなく分け与えてくれる。さらにブッシュナイフ(山刀)の使い方、食べられる木の実、草の見分け方等々、どちらが協力隊員なのかわからなくなるくらい彼らからたくさんの事を学んでいる。

子供達も可愛い。彼ら(彼女ら)は、僕の部屋に飾る美しい熱帯の花々を毎日のように持ってきてくれる。このような村人の親切な心は、そのまま協力心に結びつくのであろうか。僕がニワトリ小屋の建設を計画し、実行した時には、重労働にもかかわらず、快く作業に参加してくれ、二〇〇羽ものニワトリ収納能力を持った大きなニワトリ小屋をたった一ヵ月あまりで完成させることができた。村人の協力がなければ不可能な事である。

 第二に、僕の意識の変化だ。確かにサリリ村での生活は、不便と感じる事が多い。しかし、単に不便だなと感じて終わるのでなく、それじゃどう工夫したらいいのか?と考えることにより、色々なアイデア、イメージ、計画を思いつくことができはじめた。石ケンがないのなら石ケンをつ<ろう。きれいな水が欲しければ濾過装置をつくろう。

ガスがないならガスをつくろう(!)等々。つまり極端にいえば、自分の為にすることが、そのまま村の為になるのである。やりがいがあるし、それでこそこの村での僕の存在意義があるのだと思う。以前の任地は、ある職業訓練校であった。一つの組織である。その組織の中では得ることのできなかった意欲とやりがいを今、僕はサリリ村で感じているのである。

 ついでにもう一つ感じていることは、昔の日本人の生活の知恵のすばらしさである。山菜等のアクを灰をまぜた水でぬくこと、粘土に切りワラをまぜて土塀をつくること、かまどをつくること、炭をつくること等々・・・。これら 「昔」の知恵は、このサリリ村で、「今」有益なのである。僕のような若造よりも、そんな昔の知恵をよく知っている年齢の方を村に派遣すべきかとも思ってしまうのである。

 さてリキんだことはかり書いてしまった僕の任期は、あとわずか半年ほどしか残っていない。が、その短い期間の中で、たくさんの「不便」を、「アイデア」に変え、村人とともに一つ一つ「実現」していきたいと思うのである。