現地隊員レポート             「りる」第69号より 

                                                    フィリピン     光 理恵
                                                             平成26年度4次隊
                                         看護師
   

『任地紹介と近況報告』

みなさんはじめまして。平成26年度4次隊、看護師の光です。配属先は、フィリピンのレイテ州サンイシドロ町地域保健事務所です。遅くなりましたが、本赴任されてからちょうど1年半が経過しましたので、任地のようすと活動の近況報告をしたいと思います。

〈任地紹介〉
サンイシドロ町は、首都マニラから飛行機で南へ1時間半、州都タクロバンから西へ車で3時間の場所に位置する、ビサヤ海とココナツの密林に囲まれた自然豊かな小さな町です。人口は約3万、現地語はビサヤ語、19のバランガイ(集落単位)があります。ここは北レイテ州で特に貧困な地域として指定されており、山間部や漁村では、ヤシや竹、トタンで建てられた簡素な家々が散見されます。主要な産業は農業と漁業ですが、セブやマニラへ出稼ぎに行く人も多いです。

 町の主要な交通機関は、ポトポト(自転車タクシー)、ハバルハバル(バイクタクシー)、最近流行りなのはエレクトリックトライシクル(電動サイドカー)です。全て初乗り6ペソ、日本円で約15円ほどです。ここには銀行やスーパーマーケットが無く、宅急便も届かないので、大きな町までバンやバスで片道2〜3時間かけて行く必要があります。


ポトポト

ハバルハバル(6人乗ってます)

電動トライシクル

任地の人々の主食は米で、ちょっとした食材等は近くの市場で手に入れることができます。しかし肉や魚介類は常温販売なので清潔ではないですし、野菜に関しても品ぞろえが良いとはとても言えません。ただ、豚肉とフルーツは日本のものより美味しいと自信を持って言えます。マンゴー、パパイヤ、パイナップル、バナナ、全て完熟ですし、日本では見たこともない果物もたくさんいただきました。


唯一のマーケット

また、レチョンと呼ばれる子豚の丸焼きがお祝い事の度に振る舞われ、私も何度かご馳走になったことがあります。ホームステイ先で飼っていた子豚ちゃんがある日レチョンになっていた時は衝撃でしたが、ありがたく頂きました。しかし今、私にとって一番のご馳走は、インスタントのお味噌汁と素麺とうどんです。日本の友人が郵送してくれたこれらはレイテ島では手に入らないものばかりですし、日本人であり讃岐人であるが故か、特にうどんは最高のご馳走になっています。


レチョン

市場にコバンザメ

 2014年にレイテ島を襲った超大型台風ヨランダ(ハイエン)後、主要な道路は整備され、インターネットも、日本では考えられないほど非常に遅いですが普及されましたので、以前と比べると人々の暮らしは少し便利になったようです。ただ、任地は水資源に乏しく、全ての生活用水を浅井戸や溜めた雨水に頼っているので、特に乾季には不便な思いをすることがあります。

〈配属先紹介〉
配属先であるサンイシドロ町RHU(地域保健事務所)は、町唯一のクリニックです。医師2名、看護師11名、助産師9名、歯科医1名等が常勤、その他BHW(各バランガイの保健師的役割の人)が毎日日替わりで出勤し、簡単な診察や健診、予防接種等をしています。また、2011年には、24時間普通分娩施設に認定され、2014年には、マタニティウェイテイングホーム(産婦が陣痛開始後に悪路をハバルハバルで搬送されるような危険を避けるために、陣痛前に前以て安全に出産を待つことができる施設)が併設されました。


予防接種

病室

〈活動の近況報告〉
私の活動の要請内容は大きく分けて3つあります。
(1)RHU(配属先である地域保健事務所)スタッフへの技術支援、
(2)マタニティウェイティングホームの運営管理、
(3)地域住民の健康推進活動、です。

(1)RHUスタッフへの技術支援
彼らの看護技術や知識は、日本のナースよりも長けているとは決して言えません。しかしながら、医療物品が日本のようには簡単に揃わない当院で、彼らは彼らなりに工夫しながら日々頑張っています。ですので、清潔操作の甘い点や異常の早期発見に繋がる基本的な知識等について、日常の業務の中でその都度指導させてもらっています。

(2)マタニティウェイティングホームの運営管理
ウェイティングホームを本来の目的通りに利用する妊婦さんを、私はこの1年間ほとんど見たことがありません。実際に利用しているのは産後の方ばかりです。理由として考えられるのは、フィリピン人ならではの「大丈夫、いけるいける、問題ないよ」というのんびりした考え方と、子供が5人10人と居る家庭が多い中、陣痛前から母親が家を空けることによる家事育児の負担を誰が担うのか、という点です。


分娩室

ウェイティングホーム

これらを改善し、ホームを本来の目的通りに利用してもらえるようにするのは非常に難しいことですが、安全に出産を迎えられる人が少しでも増えるよう、対象者の認識改革とホームの広報活動を全バランガイで引き続き行っていきたいと思います。


予防接種の介助

バイメタルサインチェック補助

 赴任当初、ウェイティングホームにはもう一つ問題点がありました。快適に過ごせなければならないはずのベッドが、固い木に薄いゴザを敷いただけのものだったのです。これでは十分休めるはずがありません。スタッフがこれを問題とも思わず利用者さんのために改善しようともしないこと自体が、私には不思議でなりませんでした。


固い木のベッドで授乳するお母さん

スタッフとドーナツクッション

クリニカルパス

また、産後の褥婦さんが主にここを利用しているのですが、日本の産婦人科病棟のように円座の一つもありませんでした。そこで、ベッドについてはマットレスを購入・設置するよう町長に直接交渉し、円座についてはスタッフと共に手作りで準備しました。既製品の円座を近隣の町で買うのは簡単です。

しかし自分たちの手で作ったことで、彼らが利用者さんを思いやる気持ちを引き出し、ホームに対する貢献感を持ってもらう良い機会になったと思います。また、既製品購入よりもコストを抑えられましたし、手作りの物は皆大切に扱います。彼らはとてもユニークなので、単に丸い円座だけでなく色んな形のものを作ったりして、とても楽しんでいました。

 また、出産後に適切なケアを受け安心して入院していただくために、ビサヤ語のクリニカルパスを作成しました。クリニカルパスとは、必要なケアや処置あるいは標準的な体の変化等を記載した入院中のスケジュールのことですが、これを作ろうと思ったきっかけは、新生児が出生後に必要な予防接種を受けていない事例が数件みられたからです。日本では考えられないような初歩的なミスがここでは色んな場面で見受けられます。パスがあれば、スタッフと患者さん双方が必要なケアを確認し合えますし、入院中の不安の軽減にもつながります。

(3)地域住民の健康推進活動
遠方の貧困バランガイを重点に踏査し健康問題に関するデータ収集をしたところ、小児の低体重率が高いことと、結核や胃腸炎等の感染症率が高いことが分かりました。これらを改善するためにはアップダウン式のアプローチが最善ですが、残り1年で私にできることは、お母さん達への栄養指導と、お母さんと特に子供達への手洗い指導だと考えました。

 フィリピン人のほとんどはトイレの後に手を洗いません。その手で食事を作り、食べ、挨拶の際には握手をします。これは感染性胃腸炎や寄生虫症、その他の接触感染の大きな原因と考えます。また、長期間の下痢症や寄生虫症は小児の成長を阻害することもあります。

 そこで、全ての小学校で手洗い指導をすることに決めたのですが、どの小学校でも肝心要の石鹸が不足していました。なんとかして小学校に石鹸を常備できるよう働きかけたいのですが、そんな大量の石鹸をどう入手するか色々と悩みました。役場に予算はありませんし、手作り石鹸は原料の廃油も無ければ気温が高くて固まりません。

そこで私は、大きな町のホテルに、宿泊客が使い終わった石鹸を定期的に寄付してもらえないか交渉して回り、2軒のホテルから了承を得ました。2か月で約20sの石鹸を手に入れ嬉しかったと同時に、これを今まで捨てていたなんて勿体ないなあと思いました。

 石鹸は準備できたものの任地は水資源が非常に乏しいため、溜めた雨水や浅井戸から汲んだ水に保健省から配布された次亜塩素酸カルシウムを溶解したものを生活用水に利用しており、それは小学校も例外ではありません。そこで、その貴重な水を少しでもセーブできるようペットボトルシャワーや蛇腹ストローを利用した簡易水道を作成、洗面所に設置し、全ての小学校において全校生徒と教員を対象に手洗い指導を実施しました。

現在は、毎月の石鹸配布時にどの程度手洗いが定着しているかをチェックして回っているところですが、ほとんどの小学校で定着していません。指導後しばらくは子供たちが楽しそうに手を洗っている光景が見られたのですが、これがなかなか継続しない原因は何なのかを明らかにし、残り半年の任期でなんとか定着できるよう取り組んでいきたいと思います。

母子の栄養指導についても、北レイテで最も貧困な町の一つに指定されている同地域においては一筋縄ではいかないのが現状で、例えば栄養価の高い食材(肉や魚)を勧めても高くて買えない家庭が多いのが現状です。たまに買えたとしても、貧しい家庭に限って家族が多いので一人分の量が極端に少なくなったりします。

逆に少しお金がある家庭では米と肉ばかり食べているので、こんな貧しい街でも糖尿病や高血圧の人は多いです。そのため、母子に推奨する食品を、任地でも安価で簡単に手に入り且つ栄養価が高い食品、モンゴ(緑豆)とマルンガイ(モリンガ)に絞り、サンイシドロ町の食卓を変えていきたいと思っています。


手洗いポスター

小学校の子供たち

手洗いレクチャー

手洗いを楽しむ子供たち

寄付して頂いた石鹸

〈おわりに〉最近思うこと
フィリピン人は、やったら終わりです。どういうことかというと、例えば、数年前に教育省が全学校へ毎日歯磨きと手洗いをするよう指示しました。各学校の教員はそれに従い生徒にそのように指示指導しました。教室に各自の歯ブラシを設置する場所を設け、手洗い歯磨き時間を時間割の中に組み込みました。

指導を受けても子供たちは誰一人実際に歯磨きも手洗いも全くしていないですが、それは彼らには関係ないんです。フィリピン人はそれで終了なんです。教員達は「指導した」からそれで終わりなんです。8月に州教育省にお邪魔した際に教育省長に「手洗い指導は既に終わっている。時間割にも組み込んだし問題ない。」と言われた時には驚きました。全くフィードバックできていないんです。彼らにとって最重要なのは、子供たちが手洗いを「実践」することではなく手洗いを「指導」することなんです。

これは手洗いに限らず色んなところで見受けられます。学校の授業も同じです。授業したら終わりです。生徒に考察する時間をほぼ与えず、実際生徒が理解できていなくても「授業した」からそれで終わりなんです。保健事務所での身長体重測定でも、「正確に」測定することではなく単に「測定したデータを上に提出する」ことが彼らにとって最重要なんです。

ですので、きちんと高校や大学を卒業した人でも驚くほどベーシックなところでミスをしていたり理解できていないことが多いのは、或はこの国がいつまでも途上国なのは、幼少期からの「やったら終わり教育」が間違いなく一因であると考えると同時に、日本の教育と保健は本当に素晴らしいと再確認しています。

 たかが手洗い指導、簡単な栄養指導でもなかなか思うように進まない地域での活動でたまに滅入ることもありますが、現地の方々のご協力や、世界中で同じように頑張っている同期隊員、日本の友人達に励まされ、なんとか1年半、泣き笑い頑張ってくることができました。残りの半年が、これまでよりもさらに楽しく充実したものとなるよう、引き続き頑張りたいと思います。