パプア・ニューギニアのかんばつ状況について 「りる」第18号より

     パプア・ニューギニア   K.U.

                     平成8年3次隊

                     システムエンジニア

 日本でも新聞で報道されたらしいので、ご存知の方もおられるかと思うが、今パプア・ニューギニアは「過去100年間で最悪」(第1回政府公式報告書)と言われるかんばつの被害に直面している。

「過去100年」と言う表題が誇大にすぎるとしても、1975年の独立以来最悪の事態であることは間違いない。
私はこういった時期にこの国に居合わせた事、特に一自治省職員としてかんばつ対策に携わることができたことを踏まえて、香川の皆さんにパプア・ニューギニア(以下、PNG)の現状をお報らせしたい。

  マーケット風景


 かんばつの原因は言うまでもなく、世界的なエルニーニョ現象にある。しかし97年9月、最初に職場でかんばつ対策の話が持ち上がった時は、私は寡聞にしてそれをまったく知らなかった。

私の住む首都ポートモレスビーはその時点で、まだ水不足や食料不足に見舞われていなかったせいもある。一方この時点でハイランド地方を中心とする各地では、すでに水不足の兆候が出始めていた。

 一例をあげると、タブビルという村では、7月の降水量は68ミリであった。同地区の過去20年の平均降水量は614ミリであるから、およそ9分の1である。8月にいたっては例年平均870ミリに対して32ミリと大幅に落ち込んでいる。

PNGの雨期は10月後半くらいから始まるとされるが、今季はエルニーニョ現象の影響でさらに降雨事情は悪化すると見られた。

 こうした中、自治省を中心に「かんばつ救援委員会(NATIONAL DROUGHT RELIFE COMMITTEE」が組織され、AUSAID(オーストラリア国際開発事業団)の支援のもと、全国的な実態調査が開始された。

 私はこのプロジェクトにおいて、かんばつの被害状況を各部落ごとに管理するデータベースの作成、およびそのデータ処理をまかされた。

PNGには、首都特別区と、各地方の都市部集落を除いて、村落部(RURAL CENSUS DIVISION)と呼ばれるものが全国で560存在する。

この全国調査では各州毎に調査委員を中心とした現地調査チームを派遣し、実際すべての村落部を訪問し、所定の調査用紙にしたがって実地調査をおこなった。そうやって集められた情報は、ファックスまたは郵送、持ち込みで自治省に届けられる。

私はそれらのデータを村落部ごとの管理番号にもとづいて分類し、他のスタッフとともにコンビュータヘの入力作業を行い、委員会へのレポートを作成した。

 この調査ではかんばつの被害状況を5つのランクで分類した。即ち、ランク5は最悪、危機的状況である。これらの情報にもとづき、政府ではランクと対象村落部の人口に応じて物資の配給を開始した。

10月中旬から始まったオーストラリア軍、PNG軍共同によるヘリコプターによる空輸作戦には、私も現地視察のため同行させてもらう予定であったが、当時折り悪く交通事故で1ヶ月ほど松葉杖状態となってしまい、残念ながら机上作業に専念することになった。

 こうして11月には第一回の全国調査が終り、政府公式報告書が出されたが、これによると食料不足に悩む人口はおよそ54万人とある。PNGの全人口が90年国勢調査で約400万人であるから、8人に1人が飢えている、ということになる。

これは私のように首都に住む隊員にとっては実感が湧かないことであるが、それでもこの頃には農産物価格の上昇、断水、取水制限、水不足に伴う電力供給の低下等、身近にもかんばつの影響が及び始めた。

 特に、水不足の影響は都市部にあっても大きく、ここポートモレスビーにおいても昨年11月以来、全市の各区域ごとに半日間(午前、または午後)の計画停電が行なわれている。

これは本稿執筆中の3月19日現在も変わらず、水道・電力が平常に復するのはいつになるのか分からない。

 何しろ、雨期に入ったといいながら、降水量が絶対的に少ないのである。このため、地方では各地で乾燥した原生林に火がつき、山火事となった。火は農民の畑・菜園も容赦なく焼尽くす。ますます食料不足に拍車がかかる。

 また、水を求めて遠くの河まで毎日何キロも歩かねばならず、多くの学校は水不足が原因で運営ができず、一時閉鎖となる所が続出した。

水源の枯れた村では地面を掘り、汚れた水まで飲料に供するようになったが、これが原因で赤痢等の病気にかかり、死者が出始めた。もとより食料不足・水不足で住民の健康状態は悪化している。

これがマラリアや肺炎の増加にも繋がっている。事態はすべて悪い方に向かっている。

  食料配給の新聞記事


 97年12月からは第2次全国調査が開始された。今回も第1次と同じように、すべての村落部に再度調査員が派遣された。それによると12月から降り始めた雨で、水の状況はいくぶん改善のきざしをみせつつある。

しかしそれでも食料事態は政府の配給を受けても好転しておらず、ますます深刻である。各部落で菜園復興の努力が続けられるが、焼き尽くされた畑に種をまいたところで、すぐに収穫できるわけではない。

水とて雨が降り始めたとはいえ、例年に比べれば不十分なのである。それに、政府の配給が十分に行き渡っていない。各国政府やNGOの支援に頼ってはいるが、予算が不足しており、量もまだまだ足らず、各州・各郡のポイントまで運んでも、そこから先の交通機関が確保できないという現状もある。

 日本政府はPNG大使館からの要請に基づき、97年12月に約3億円の食料援助を決定した。これにしたがって98年1月に東京で業者の公開入札が行われ、4月には米を積んだ船がPNGに入港する予定と聞く。PNG政府はいまや遅しと船を待っているような状況である。

 今私は3月18日から始まった第3次全国調査で再びかんばつに関わることとなった。これからまた地方から送られてくるデータを目にするだろうが、いくらかでも状況が良くなっていることを期待したい。

とはいえ、PNGにとっては独立以来の大災害である。常態に復するにはまだまだ時間を要するであろう。そしてそれには住民の努力だけでなく、日本を始めとする隣人達の手助けが今後ともどうしても必要となっていくはずである。

 私も今後の任期をPNGの人たちの為に役立てるように、精一杯協力していきたいと思う。