「テュニジアSE通信」(学内環境編) 「りる」第19号より

     テュニジア          J.T.

                     平成9年1次隊

                     システムエンジニア

 

はじめに
  平成10年11月。テュニジアに来て16ヶ月になる任期末が学年末と重なるため、半月程任期延長をしようと思うので、残りは約9ヶ月。6年間のサラリーマン経験から、残りの期日にできる仕事量は類推できる。故に現在は「これから何が出来るのか。」という観点からではなく、「どうまとめようか。」という観点で日々を過ごしている。
  さて、それでは、今回は大学の環境について報告したいと思う。

卒論作成補助時の学生への対応
  5月末〜6月末までにかけて、3年生と5年生の卒業生は卒論執筆に入る。パソコンに関しては殆ど素人の学生が、ワープロで表を作成しながら論文を書く。さらに表計算ソフトでグラフを作成してそれをワープロの文書上にコピーする。

キーボードとにらめっこしながら一字一字右手の人差し指一本で打っていくため、とにかく時間がかかる。さらに、「見栄え」を気にするテュニジア人気質。余計な飾りやイラストを入れたがる。そのためかえって大事な本文の方を削除してしまったりと墓穴を掘っている

 そんな学生に約1ヶ月、昼夜さらには休日を問わず付合わされた。〆切を前にした学生の焦りも判る。しかし、私は一人しかいないのである。「別の学生を相手にしている時には声をかけるな!」怒鳴り付けたり、机や白板をわざと大きな音が出るように叩いたりして言うことをきかせたこともあった。

彼らはとにかく自分のことしか見えない。思い立ったがすぐ実行。周囲を見回すよりもまず行動に移る。そういった点では単純である。

卒業式の日、学生達と

 さらに驚く、というよりあきれることもある。卒論〆切を数日後に控えたある日「ぎやああああああああああ!」というもの凄い叫び声が数十秒間続いたので慌ててみんなで外に出て声の源を探したところ、ある女子学生がパニック状態になっているとのことだった。

また卒論発表の前には緊張のあまり泣き出してしまう学生も何人も見かけた。日頃ル・ケフという田舎町からさらに離れた陸の孤島で、アルバイトもクラブもない隔離生活を送っていて世間を知ることがない学生達にとっては、毎年自殺者が出るというフランス文化圏特有の「バカロレア」という「大学入学資格試験」に次ぐ試練なのだろう。

 しかし、普段からしっかり勉強していればこんな事にはならないのに、と強く思う。学生達は卒論直前以外にはどうしているのかというと、カフェでたむろして無駄話をする。 校庭でひなたぼっこしながら無駄話をする。退屈だから正体不明の日本人を捕まえて無駄話をする。以上である。

隔離された上、お金もないという事情で同情の余地はあるのだろうが、しかしもっと時間の有効な使い方を考えて欲しい。もうとっくの昔に卒業している私ですら、毎晩コンピュータ、イスラム文化、フランス語の本と格闘しているのだから。

淋しがりやのテュニジア人(その1)
  学生や職員達との会話でよく尋ねられるのが「一人暮らしで淋しくないか?」ということである。「夜は一人で何しているんだ?」とも聞かれる。彼らの夜の娯楽は、男はカフェまたは路上での、女は家庭での、おしゃべり。

「俺、2時間一人ぼっちにされたら淋しくて死んじゃうよ。」と大の大人が真顔で言うテュニジア人気質を思えば、疑問に思われても仕方がない。もう一つの娯楽はテレビである。テュニジアではパラボラアンテナさえ立てれば、ヨーロッパからの衛星放送が100チャンネル以上見放題である。さらにほぼ全世帯にテレビがあるというのに、私はテレビを持っていない

 しかし、日本では忙しさにかまけてあまりできなかった読書をしたり、手紙を書いたりで、気が付けば寝る時間という毎日である。私はそんなゆったりとした時間が持てるのが嬉しいし、寧ろ足りないくらいである。

テュニジアでは独身の間は親と同居が当然で、別居するとしても「一人暮らしするくらいなら、誰かルームメイトを見つけて住む」と言ったり、首都テュニス等では高額の家賃が原因でもあるが独身者が7〜8人で同居したりしている。そんな彼らには、一人でいられる時間のありがたみを、実感として判ってもらえないのかもしれない。

淋しがりやのテュニジア人(その2)
  職場に電話がかかって来る。カウンターパートが出る。「もしもし・・・こんにちは・・・元気ですか・・・ええ、おかげさまで・・・どうもどうも・・・最近調子は・・・いやあ、そうでもないけど・・・ありがとう・・・それでなあ・・・」らしきことをアラビア語で言っている。

それでてっきり彼宛てにかかって来たものだと私は思うが、延々話した後で「じゃあ、また・・・どうもありがとう・・・Mr.ガルビ、お電話です。」と取り次ぐ。「???」である。最近は慣れてしまったが、「いいから早く本人に替われよ。」と言いたくなる。

 とにかく人の相手はする。愛想はいい。例え議論が白熱している時に横入りされても、とりあえず挨拶だけは欠かさない。その分、相手にされないことを極度に怖がる。

 ある朝、私はコンピュータが作動しないのでイライラしつつ解決策を考えながら歩いていたので、いつも馬鹿話している事務のオヤジが挨拶しているのに気付かず通り過ぎたことがあった。後でそのオヤジは「Junは今朝俺に挨拶してくれなかった。」とまるで駄々っ子のように拗ねた。私の父親と同じ歳くらいのオヤジがである。

 カウンターパートもそうである。私が黙々と本を読んでいると、「Jun!」と大声で呼ぶ。「なんだ?」と近付いてみると「元気か?大丈夫か?」である。「(ああ、静かにさせてくれ!やっと結論を掴みかけたところだったのに、アイデアが吹っ飛んでしもうたやないか!)」と私は心で叫んでいる。

 心配してくれるのは嬉しい。でも静かにしているからといって、体調が悪いでも、機嫌が悪いでも、退屈でもない時もある。外界との交わりを断って集中しなければできないこともある、ということがわからないらしい。確かに愛想がいい方が人間的なのだろうが・・・。

即ち、前号からの繰り返しになるが、日本人は効率化の手段は手に入れたが、それによって失ったものがあるのだな、と私は再認識している。けれど、やはり放っておいて欲しい時もあるのである。

私のおかげでもらえた卒業証書を胸に

lnternet接続
  「2週間以内にInternetにつながるようになる。」大学や農業省にそう言われ続けて早1年。そんな状況にしびれを切らした一応システムエンジニアである私は、利用料金がこの一年で急激に安くなったこともあり、個人でInternetを利用することにした[e-mail:txxxxxjxx@planettn](だが、大学側には内緒である。)やはり非常に便利である。

日本の情報も手に入るし、世界中の同期隊員に簡単に連絡が取れる。ただ回線状態が悪く、20分に一回くらい回線断を起こすので、大きなファイルが読み込めないのが難点である。

 そうした早々の10月末。やっとのことで当大学にもアドレスが割り振られた。長かった。しかし、である。今度は別の問題が沸き上がった。Internetの電話回線と、普通の通話用の回線を共有しているとのこと。つまり誰かが通話をしていたらつながらないのである。

さらに大学の回線は一本のみ。この一本で事務局から、10ある各研究室宛の電話までさばいているのである。結局、勤務時間中は使いものにならない。実質、勤務時間外の早朝や夕方以降しか使えないという「絵にかいた餅」状態である。予め「専用の電話回線は確保してある。」と聞いていたので、また唖然とさせられてしまった。この一年で、「話が違うでえ」という状況には数え切れないほど会ってきたが、また一例増えてこしまった。

むすび
  9月1日、バカンス明け。10年度1次隊の新隊員が2人Le Kefにやって来た。病虫害の柴山さんと、食用作物の杉原さんである。これでLe Kefも日本人は私一人ではなくなった。

 新隊員が来て比較の対象ができると、今までの自分の活動・生活を見る視点が増える。またInternetによって情報の入手経路も開かれた。「13ヵ月目の再スタート」ということも言われているが、まさしく私を取り巻く環境は一変したと言っていい。

 新隊員のお陰で、この一年でいつの間にかこの環境に慣れてしまった自分が見えてきた。仕事量・問題点もほぼ見えた。あとはカウンターパートを筆頭とする現地の人々にいかなる解決策を残すか。

限られた期間で何が残せるのか。それが課題である。テュニジアで、テュニジア人の中で、テュニジア人と働いていれば、日本的な効率の追求はできない。だから完壁は無理である。しかし、最低限自分自身を納得させられるだけの成果は残したい。その妥協点をどこに定めるのか。今はそれを早く見つけ出したい。